第112回学術大会報告
平成16年10月15日(金)から17日(日)、横須賀芸術劇場・横須賀市産業交流プラザ(横須賀市)において、豊田 實先生(神奈川歯科大)を大会長として第112回学術大会が開催された.特別講演3題,シンポジウム2題,臨床教育研修,認定医研修の企画と,研究発表は口演・ポスター・国際セッションを合わせて143題で,多数の参加者により盛会であった.
特別講演I「日本の常識はなぜ世界に通用しないのか?―臨床医学研究の観点から―」
センセーショナルなタイトルで行われた特別講演Tの森實敏夫先生(神奈川歯科大学内科)の講演内容を一行で言い表すとすると「臨床医はもっと疫学研究をすべきである」ということであった.しかしレベルの高い臨床試験,その他の臨床疫学研究を立案,記述,実行できる医師はほとんどいないのが現状であると切り出された.臨床医学研究の方法論については,臨床医学研究デザインについて,臨床疫学,医学統計などの面から確立されたものがあるが,それらの知識をもたずに,自己の経験と先輩からの指導に従って,症例対照研究などの後ろ向き研究が多く行われていることを指摘された.特に日米を比較した場合,治療法の開発に不可欠なランダム化比較試験が日本では極めて少なく,日本における診療ガイドラインは欧米人を対象に行われた研究に基づいて作成せざるを得ない現実があることも示された.その背景として,日本では「論理的,一貫性のある主張をすると人を怒らせてしまうか,未熟者というレッテルを貼られてしまう」というように,論理的思考が十分にできる環境が成熟していないことに加えて,日本人は確立論的考え方が苦手なためと分析された.
森實先生
クリニカルクエスチョンからリサーチクエスチョンを作ることが大事で,臨床に本当に有効な結果を得るためには,ランダム化比較試験をもっと重視すべきであり,得られたデータから臨床にインパクトのある結果,すなわち患者にとって本当のベネフィットは確立論的な考え方で導き出されると述べられた.
(広報 冲本)
特別講演II(国際セッション)「Current Occlusion Concepts : Where Is the Science?」
Dr. Terry T. Tanaka (Clinical Professor, University of South California) の特別講演は、長旅の疲れや時差など微塵も感じさせない、満面の笑みで始まった。非常に盛りだくさんで、今日の咬合のコンセプトの解説に加え、ブラキシズムや顎関節症の最新の治療方針、基礎的研究結果、症例も紹介された。判り易い発音の英語で話され、(ただかなり速かったので私にとってはフォローが困難なところもあったが、)プレゼンテーションも明確であったので、通訳なしでも聴衆は理解されていたと思われる。
Prof. Terry Tanaka (左)と古谷野国際渉外委員長(右)
内容の概略は、@1962年のStuartにより発表されたオリジナルのCentric Relation
(CR)と現在(GPT6:米国版歯科補綴学用語集第6版)のCRの定義(CR=Centric
Occlusion: CO) の相違、Myocentric Position (Jankelson)、Musculoskeletal
Stable Position (Tanaka & Okesson)等のコンセプトとの関係、AStuartのいうCR-CO
slideが引き起こすブラキシズムとSessleら(2002)のいうCNS disorderとしてのブラキシズムの鑑別の現状、BZarbのRisk-benefit、Cost-benefitの理念とOver
treatmentへの警鐘、そこでブラキシズムの治療はスプリント療法などの可逆的療法からおこなわれるべきであること、犬歯の咬耗の結果生じるBalancing
sideの咬合誘導は削合するのではなく咬耗したガイドの再建で対応するべきこと、CブラキシズムとAbfractionの関係、DCentric
Relation記録へのVapocoolant (Ethyl Chloride) sprayの応用、EHinge axisの位置は普遍ではなく変化すること、F咬合位を普遍なものとして決定することは困難で、患者のAdaptive
range(適応範囲)に入れることが重要、G歯髄は咬合負荷に対して歯根膜の2倍の感度を有すること(Levy,2000)、H外耳孔に指を入れて関節雑音を触診すると雑音を誘発することがあるので必ず聴診器を使うこと、I前歯部唇側の咬耗から疑われるAbnormal
chewing patternがあること、等々あり、疼痛の持続した顎関節の解剖ビデオも供覧され、あっという間の80分であった。
講演時間の関係からか簡単に話されたところもあり、もっと時間をかけて聞きたい内容も多かったが、明日からの教育と臨床に役立つたくさんの示唆をいただいた。プレゼンテーションの技法もアメリカ的一面が見えて,大変参考になった。
(津賀一弘 広大院)
特別講演III(研究教育研修)「健康的な睡眠とは」
研究教育研修の枠で行われた特別講演IIIは講師 高橋清久先生(藍野大学学長)と座長 小林義典先生(日歯大)により睡眠をテーマにして講演が行われた.
睡眠は、疲労回復やストレス解消のみならず、生活習慣病やうつ病の予防などの点においても重要な機能を果しており、厚生労働省が策定した「健康プロジェクト21」でもとりあげられている。不眠とうつ病の関連については、不眠症の人は10.2%で、その40%がうつ病であること。不眠が1年以上続くと、うつ病の発症率は39.8倍になる、などのデータがある。また、睡眠不足は社会の効率と安全をも脅かしており、睡眠不足によって産業事故の発生率は約8倍、病欠は2倍、入院日数は2倍、交通事故は3.5〜4.5倍にもなるという統計結果がある。社会の健康のためにも睡眠は重要なのである。
健康な睡眠の指標としては、
1.適度な睡眠潜時(ねつきがいいか)
2.十分量の徐波睡眠
3.少ない中途覚醒
4.適度なレム睡眠(レム潜時90〜120分)
5.適度な睡眠時間(平均6.5〜7.4時間)
6.日中の高い活動性(眠気がないこと)
があり、講演では6を最も重要な指標としていた。
不眠で最も多いのは精神生理性不眠であり,過敏性格の人が一過性の不眠に対して過度の不安に陥り、そのストレスで不眠となり、それによりますます不安となって不眠が持続するというパターンで、睡眠制限療法が有効であること。高齢者の場合には加齢現象として中途覚醒が多くなり、深部睡眠が短くなる傾向がみられるが、これを気にしすぎて不眠となる場合が多く、これには短時間の昼寝により日中の活動性をあげることが有効であること。これに対し、睡眠リズム障害性の不眠は遺伝子レベルで問題があることが最近わかってきた。治療法としては高照度の光を浴びる光療法や就寝前2〜3時間前のメラトニン投与などがあること。このほか興味深い話題が盛沢山であった。最後に講演では「睡眠学の確立」を提唱された。睡眠学とは、未だ十分解明されているとは言えない睡眠のメカニズムなどについて基礎的研究をおこなう睡眠科学と臨床応用について研究する睡眠臨床医・歯・薬学と睡眠に関連した社会問題を研究する睡眠社会学(たとえば夜型社会学など)の3つの柱で構成されており、それぞれが連携し合って進歩を図るものである。
このところ、補綴歯科学会においてもいびきや睡眠時無呼吸症候群などに関連したテーマの研究発表がしばしば行われるようになってきたが、さらに進めて睡眠学の枠内で歯科補綴学がどのような寄与をできるのかを検討する時期が来ているのかもしれない。そうなると、もしかしたら咀嚼や咬合などと同じ頻度と重要性をもって「睡眠」というキーワードが取り扱われるようになる日が来るのかもしれない。
(松尾浩一 九大院)
シンポジウムI「補綴実技教育の評価を考える」
シンポジウムTは,『補綴実技教育の評価を考える』のテーマで,座長に皆木省吾先生(岡大院),講師に會田雅啓先生(日大松戸),鱒見進一先生(九歯大),河野文昭先生(徳大病院)の3名で行われた.
シンポジウム会場
まず座長の皆木先生が,今回のシンポジウムの意義について、歯科医療に対する国民の要求の変化に対応すべく、歯科医療だけでなく歯科医学教育にも変化が必要である。その検証のために適切な教育評価を行うことが重要であり、歯科補綴学領域における補綴実技能力を評価することは、知識の確認のみならず、精神運動領域における達成度の判定としても重要であると示された。また、今回のシンポジウムに先立って、実技教育委員会の講師の先生方に、『クラウン・ブリッジ』、『全部床義歯』、『部分床義歯』の分野における実技評価トライアルが依頼され、その実施結果を踏まえての報告である旨報告された。
続いて、3名の先生方は、それぞれ実技評価トライアルの課題選択理由について詳しく説明された後、課題の実施内容、評価基準、評価結果、問題点および今後の展望について報告された。
まず,クラウン・ブリッジ分野の立場から會田雅啓先生が、課題内容は『ブリッジの支台歯形成』であり、評価項目はクリアランス量、平行性、辺縁歯肉の損傷などであると説明された。トライアルにおける問題点として、評価者間の統一性、平行性やクリアランス量の確認方法を指摘され、その改善方法として診断用機器の導入なども考えられることを報告された。
次に、全部床義歯の立場から鱒見進一先生が,課題内容は『咬合採得』であり、評価項目は、基準点の位置、基準平面との平行性、顎間距離、標準線の記入、上下咬合床の安定性などであると説明された。トライアルにおける問題点として、試験環境やファントムなど準備に関することや結果の複雑性に対する客観的評価の困難性を指摘され、その改善方法としてファントムの改良や緻密な評価基準が考えられることを報告された。
最後に、部分床義歯の立場から河野文昭先生が,課題内容は『義歯の設計』であり、評価項目は研究模型のサベイング、口腔診断に従った義歯の設計、技工指示書の作製などであると説明された。トライアルにおける問題点として、評価者間の統一性、設計に関する大学の独自性を指摘され、その改善方法として設計に関してはローカルルールも考えられることを報告された。
ディスカッションでは,会場からも多数の質問があり活発な討議がなされたが,3つの分野すべてにおいて、評価基準や評価方法など改良すべき点はあるものの、課題内容は概ね適切であったことが確認された。
(広報 M野)
シンポジウムII「再生医療と歯科補綴学の接点」
座長の魚島勝美先生(新潟大学)から,今回のシンポジウムの位置づけ,意義などのお話があり,シンポジウムの幕が上がった。シンポジストは,田畑泰彦先生(京都大学),木下靱彦先生(神奈川歯科),窪木拓男先生(岡山大学)であった。
田畑先生は,「再生医療の実際と今後の方向性」というタイトルで,頭の先から足の先まで広範な範囲の再生医療を精力的にご講演された。細胞も重要であるが,生体組織の再生誘導が起こりやすいような環境『場』を作るための医工学技術・方法論について熱弁を振るわれた。臨床に上げるという言葉も使われ,目覚しい進歩が明らかとなった。
木下先生は,「Tissue Engineeringを応用した下顎骨の再生医療」の演題で,下顎骨の再生のビデオを交えながら,ダイナミックにご講演された。骨形成を導く足場,枠組みは,骨再生後,吸収,消失することが望ましいとの考えから,ポリ−L−乳酸(PLLA)製のメッシュを使用した症例を多く供覧された。
窪木先生は,「補綴治療における再生医療のニーズと現時点での研究動向―確実かつ質の高いインプラント治療をめざして−」という題目で,日本歯科補綴学会の代表としてご講演された。補綴に関連した再生医療の研究動向をご自身の研究を中心としてレビューされ,新しい補綴学を担う研究活動の方向性を提示された。
ご講演後は,高い関心が持たれている,歯根膜の再生,歯根の形状,力と組織,ストレス応答などについて,座長の魚島先生から講師の先生方に質問があったり,フロアからいくつかの質問がなされ,有意義な討論の時間であった。
夢にあふれたテーマであり,臨床的,補綴学的に問題をさらに明確にして,境界領域への積極的なアプローチも必要と提言され,時間の経過を感じさせない有意義なシンポジウムであった。
(広報 貞森)
臨床教育研修「補綴臨床でどのような点に過ちを起こしやすいか?」
渡邉文彦教授(日歯大新潟)を座長として臨床教育研修が開催され、倉澤郁文教授(松歯大)、川良美佐雄教授(日大松戸)、高橋裕教授(福歯大)の3名が『補綴臨床でどのような点に過ちを起しやすいか?』についてご講演された。
はじめに倉澤先生は「歯冠修復における治療計画」と題して、歯冠修復後の修復物や周囲組織の経年的変化と対応について論じられた。支台歯形成、デンタルX線写真、プロビジョナル・レストレーションの活用、レジンによる支台築造、オールセラミックス、失活歯の破折をキーワードに、それぞれを丁寧に説明された。
次に川良先生は「総義歯における床辺縁形態と顎対向関係位の設定」と題して、総義歯治療で過ちを起こしやすい印象採得と咬合採得に焦点を絞り、実際の臨床例を供覧しながら論じられた。印象採得については予備印象が重要で、スタディモデルからファイナルを読み取る床外形のイメージと、頬棚を支持域としたイメージの大切さを強調された。また、咬合採得については下顎前方偏位への注意、ゴシックアーチの応用や習慣性のタッピングポイントについて説明された。
最後に高橋先生は「有床義歯の諸性質と予後管理」と題して、レジン床の変形と接着については実際の数値や手法を交えながら、また予後管理については長期管理をしなかった症例ときちんとリコールを受けた症例を供覧、対比させながら講演された。そして責任をもって予後管理を行うことの重要性を、義歯装着時が完成時ではないこと、義歯調整終了時が治療終了時でないこと、患者が感じるいい状態が術者のみるいい状態ではないことという言葉で強調された。
以上、いずれの先生もポイントを簡潔にまとめ症例を交えながらの講演だったので、若い補綴医にとって理解し易く、日常臨床で起しやすい過ちとその回避について勉強になったであろう。
(広報 松山)
認定医研修「補綴治療の予後に直結する落とし穴―補綴装置と二次齲蝕―」
学術大会に引き続き日曜日の午前中に認定医研修が開催された。「補綴治療に直結する落とし穴」3回シリーズの2回目で、前回の「補綴治療と歯根破折」に続き、今回は「補綴装置と二次齲蝕」というテーマでおこなわれた。まず座長の小出 馨先生(日本歯科大)よりテーマについてのイントロを頂いた後に3人の先生に講演を頂いた。
| 本橋先生 | 豊島先生 | 武内先生 |
最初に本橋正史先生(日大歯)が、「二次齲蝕研究の文献的考察と将来展望」という演題で、これまでに報告された二次齲蝕に関する文献の紹介、日本における二次齲蝕研究に関する現状などについて講演された。日本では北欧などに比べてこの分野の取り組みが遅れており、これから充実が期待されるところであるとの事であった。
次に豊島義博先生(第一生命日比谷診療所)からは「二次う蝕のガイドライン」という演題で、ネットで利用できる有用なサイトの紹介や、ご自身の体験から学んだ優れた文献の検索方法や文献の応用方法などについて講演された。またGoogleの有効な活用方法などすぐにでも使えるちょっとした小技の紹介にうなずく方も多く見られた。
最後に武内博朗先生(国立保健医療科学院)からは、「う蝕と歯周病(微生物学的)のリスク低減治療―3DSによる病原口腔微生物の制御―」という演題で、徹底的なバイオフィルム除去のあと消毒剤を用いて良質な口腔最近叢へと移行させる3DSの有効性について、実際の手順や経過について講演された。二次う蝕に限らず矯正治療によるカリエス傾向の上昇が懸念される場合などにおいてこの3DSという方法は非常に有効であるという印象をうけた。また実際にこの3DSを体験された豊島先生からも、良好な口腔細菌環境が維持されているというコメントがあった。
講演のあとの質疑でも活発な討論が行われたが、なかでも二次う蝕の予防や早期発見には定期的な追跡が必要であり、小児歯科だけでなく成人においても定期的な検診の呼びかけが重要であるとのことであった。
次回の学術大会時に開催される認定医研修ではシリーズ3回目で「補綴治療と歯周疾患」というテーマで行われる予定である。
また今回も認定医研修と同じ時間には認定医ケースプレゼンテーションが行われたが、応募は1件のみと少なく、今後への課題と思われた。
(広報 諸井)
課題口演受賞者
1-1-2 象牙質再生に向けての分子生物学的研究―Sonichedgehogによる象牙芽細胞の分化促進―
○完山学,矢野貴子,大野充昭,園山亘,窪木拓男(岡大院)
1-1-3 骨髄由来幹細胞は遺伝子群の選択的抑制を介して分化する
○江草宏,西村一郎*,松香芳三*,矢谷博文(阪大院,*UCLA)
1-1-5 多血小板血漿の骨リモデリングへの影響に関する検討―骨形成,骨吸収の観点からみたinvitroの研究報告―
○荻野洋一郎,鮎川保則,古谷野潔(九大院)
1-1-9 咀嚼運動のリズムと経路の安定性の主成分分析による咀嚼機能の評価
○志賀博,小林義典,横山正起,大迫千穂,佐藤晃夫(日歯大)
1-2-3 咀嚼と咀嚼能力の相違が胃排出速度に及ぼす影響
○水戸祐子,服部佳功,渡辺誠(東北大院)
1-2-8 マウス骨芽細胞様細胞に持続的圧縮力を加えた時の遺伝子発現の動態
○長尾大輔,渡邉恵,友竹偉則,吉嶋佑佳,川本苗子,市川哲雄(徳大院)

デンツプライ賞受賞者
1-3-10三次元有限要素法によるオーバーデンチャーの応カ解析―補強構造が顎堤粘膜の応カ分布に及ぼす影響―
○権田知也,董堅,海野哲朗,五十嵐友紀,池邊一典,野首孝祠(阪大院)
1-3-11隣接面板とレストの配置が義歯床の変位に及ぼす影響
○海野哲朗,柱囲知也,竈堅,池邊一典,野首孝祠(阪大院)
1-3-17チタン上での骨茅細胞分化過程におけるMAPKカスケードの関与
○波多賢二,和田誠大, 池邊一典,野首孝祠(阪大院)
2-3-2陽極酸化と水熱処理によリチタン表面に析出したハイドロキシアパタイト結晶の解析
○中里好宏,武部純,石岡道久,石橋寛二(岩医大)
2-3-6歯牙喪失ラットにおけるテタヌス刺激による海馬グルタミン酸変動
○奥田恵司,山本さつき,井上宏(大歯大)
2-3-15口腔立体認知能と咀嚼能率との関係
○雨宮三起子,池邊一典,古谷暢子,森居研太郎,吉仲正記,松田謙一,野首孝祠(阪大院)
| 111回大会デンツプライ賞受賞者 | ポスター会場 |